殿の浮世草子 芸能人って本当に人間なんだなと思うとき。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



それは死んだときです。
どんなに世間を席巻しようと、どれだけ偶像化されようと、
結局死んじゃえばみんなと同じように焼かれて骨になって、骨壷に入れられて、
普通のお墓に入れられて、仏壇があって、そこに遺影があるってことになるんでしょう。
祖父母が死んだように、父母がなくなったように、仏壇に今まで商品として売られていた写真がただの遺影として飾られるんだと思うと、なんとも不思議な感じですね。

芸能人やってると悩みも色々だろうけど、死んだ瞬間、たまの法要にだけ芸能人に戻り、後はただの人と同じ遺影になるだけみたいな。

いや、なぜこういうことを思うかというと、ドラえもんの声を長年やっていた大山のぶよさんがアルツハイマー(?)で、記憶もおぼつかない状態らしいとの記事を読んだからです。死ぬのと同じく、老人になってぼけてって、そういう普通の末路は誰にだって平等におとづれるんだろうなと思ったわけです。

死んじゃったミュージシャンの音楽を聴いてると特に強くそれを思ってしまいます。
音楽がずっと残って、それでも作った本人はただの骨や遺影なんだよねって、なんとなく感傷に浸ってしまいました。
なくなったミュージシャンの中でも特に好きな曲を張ってみます。
シリーズ1w



「フジファブリック」:ボーカルの志村さんが自殺によりなくなっています
若者のすべて 茜色の夕日






素朴というか幼さと粗忽さが同居するというか、なんとも不思議な歌声です。
ちなみに僕の大好きな奥田民生が大好きでミュージシャンになったらしいです。
受けた影響は多大なんだろうけど、あまりその影響を感じないw
貴重な競演の動画を見つけました。ほんと楽しそう。




スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://tyoppyaa.blog72.fc2.com/tb.php/134-85d64e02
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。